男性社員の1か月育休取得を必須の制度に。
社内の「当たり前」が社会の「当たり前」になることを目指して

時代とともに働き方が変わり、ワークライフバランスや柔軟な働き方を重視する企業が増えています。そんな中、江崎グリコ株式会社では、男性社員が1か月育休を取得できる社内制度「Co育てMonth」を2019年から導入し、取得率100%を実現するなど、先進的な取り組みが企業の新たな価値を生み出しています。そこで、この制度に取り組んだ経緯やその効果について、同社グループ広報部Co育てPROJECTリーダーの木下直也さんに伺いました。

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男性社員が1か月育休を取得できる制度をスタート

――「Co育て(こそだて)Month」とはどのような制度なのでしょうか? 

 「Co育てMonth」は、子どもの出生後6か月以内の社員を対象に、1か月の有給休暇を取得することを必須化した社内制度です。女性社員はもちろん、男性社員も対象になります。実は江崎グリコでは2019年から「Co育てPROJECT」を推進しています。どういうプロジェクトかといえば、パートナーや家族、周りの人が協力して子育ての課題に社内外で取り組むというもので、主なCo育て活動としては、日本初の乳児用液体ミルク「アイクレオ赤ちゃんミルク」の販売や、Co育てをサポートする子育てアプリ「こぺ」の無償提供、男性の育児参画を促進する企業向けセミナー「みんなの育休研修」の実施などに取り組んできました。そして、社内でのCo育て活動のひとつがこの「Co育てMonth」の制度化です。 

 ちなみに「Co育て」という名称は、「Communication(和気あいあいと)」「Cooperation(上手に協力しながら)」「Coparenting(一緒に子どもを育てる)」の3つの「Co」から取った造語です。 

――「Co育てPROJECT」が発足した経緯と「Co育てMonth」が実施されたきっかけを教えてください。 

プロジェクト発足は、今の時代の子どもたちを取り巻く環境をより良くするために何か取り組みができないかと考え始めたことがきっかけでした。ちょうどこのプロジェクトの構想が生まれた2017年頃は社会的にも男性の育児参画がまだまだ進んでおらず、ワンオペ育児やマタニティハラスメント、パタニティハラスメントなどが問題になっていました。当社においても2017年度の男性育休取得者の割合は4.1%と、男性社員が子育てしやすい環境やマインドが形成できていない状況でした。 

私たち江崎グリコは“子どものココロとカラダの健やかな成長”の実現を目指して創業した会社で、今もその思いは変わりません。ならば、社会のための子育て支援を行おうと、このプロジェクトが発足。それと同時に、社員の働き方から見直す必要があるんじゃないかとなり、「Co育てMonth」が新設されたんです。  

――対外的な取り組みは企業の社会活動にもなりますが、「Co育てMonth」により男性社員の育休を制度化する際、管理職の方からの理解はすんなり得られたのでしょうか?  

もともと当社の社員は日頃から子どものことについて考えている人が多く、子育てのために働き方を改革することは必要だろうという意識が以前からあったので、その点について難色を示す人は少なかったですね。会社全体で「Co育て」の実践というアクションが重要だと判断されたのだと思います。 

ただ、2019年のスタート当初の育休は5日間限定でした。それもあって、取得した人からは「5日間じゃ普通の有給と変わらない」という声の方が多くて。そこで、育児に集中してもらうには日数がもっと必要だろうと見直しを図り、約9か月後の2020年1月から1か月間に改め、必須としました。

育休取得者の声を拾い上げ、少しずつ改善を繰り返すことで社内の風土に

――「Co育てMonth」を制度化した際、業務への影響を懸念する声もあったのではないでしょうか。 

確かに取得対象者からは「自分が休むことで仕事が滞るかも…」「評価に反映されるのでは?」といった不安や、なにより「休職中に業務サポートしてもらうメンバーに申し訳ない」「取引先に迷惑をかけるのがツラい」という声が多く聞かれました。一方、周囲からも「自分の業務が増えるのでは…」「目標が達成できなくなるのでは…」という声も当然ながら挙がりました。 

 そこで、人事・労政部門や各部門、労働組合といった社内関連部門で検討を重ね、本人業務としては「休職がマイナス評価に繋がることはなく、それを踏まえた上で休職を考慮した計画・目標にする」「職場全体でサポートする」とし、サポートメンバーへの対応としては「サポートした分は成果評価や行動評価という評価軸に反映する」を周知して不安や不満を軽減・解消することに努めました。 

――ネガティブな声をそのままにするのではなく、きちんと拾い上げて解消していったのですね。その上で、どのように職場での連携を進めていったのですか? 

ひとつはガイドブックの作成と配布です。本人や家族の心構えや制度をまとめた「『Co育て』のための育児休暇ノウハウ」、上司に向けた「『イクボス』の手引き」、仕事と育児の両立支援を網羅した「『仕事と育児』の両立法」の3冊があり、誰でも読めるように社内ポータルサイトに掲載しています。 

もうひとつが、業務サポート体制構築チェックリスト。社内のイントラ内にあるチェックリストは、上長とのコミュニケーションや同僚への業務引き継ぎを円滑に進めるための予定表的なもので、これを見ればどのタイミングで何をするかが一目でわかるようになっています。例えば、取得対象者は「取得3か月前は上長に取得予定の申し出などを事前相談する」「取得1か月前は業務フォローとして引き継ぎ書作成」などがまとめられています。もちろん、上長に対しても、「申し出〜取得2か月前はフォロー体制の検討」「取得1か月前〜取得日は引き継ぎ状況の確認」などが記載されています。取得する側もそれを受け入れる側も組織全体で情報を共有して見える化しているんですよ。 

さらにCo育て座談会を定期的に開催し、実際に育休中の社員から子育ての苦労や工夫を聞ける場を設けています。社員の学びや発見の場としてだけでなく、育休取得中の社員にとっても久しぶりに会社のメンバーと話せる機会になっていると喜びの声をもらっています。Co育て座談会への参加は応募制ですが、毎回20名ほどの社員からの応募があり、社内でも好評です。 

――制度を作るだけでなく、社内全体に情報をしっかり届けていったんですね。 

せっかくいい制度が作られても、それが活用されなければ意味がありませんから。様々な形で情報を届けるという啓発活動を行うことで、「江崎グリコではこんな制度をこんな風に進めているんだな」というのが社員たちにも認知され、形骸化した制度ではなく、実際に使える中身のある制度として定着していったと実感しています。 

――社内の受け入れ態勢も整ったことで、取得者の方は引き継ぎ業務をどのように進められたのですか? 

引き継ぎ用に自分の業務を細かく一覧化する人や、抜け漏れなどのトラブルを未然に防ぐため、関係者へのリマインドメールを送るシステムを活用した人もいますね。休暇を機に自分の仕事を棚卸しするように見直してみたら、「これは無駄な作業だな」とか「この仕事はもっと効率化できるな」とか改めて仕事を整理でき、業務改善につながった人も多いんです。 

組織全体をみても、業務の改善が必要だと思っていても多忙さからなかなか実行することができなかったのが、メンバーが1か月不在になることで、属人化していた業務が可視化され、無駄や改善点の洗い出しができることで、組織全体の生産性も上がったという利点もみられました。 

今の時代に求められる働き方が創出する新しい価値 

――「Co育てMonth」が始まって以降、江崎グリコさんの男性育休取得率は、2017年度が4%だったのに対し、2020年以降は3年連続で100%を達成しているそうですね。社内ではどんな変化がありましたか?  

取得した人の声を聞くと、家庭でのメリットとしては、「子どもが成長する姿をしっかり見届けられたのがよかった」「1か月という期間があったことで、パートナーとこれからの育児を含めたライフプランやキャリアプランについて、じっくり話すことができた」といった意見が多く寄せられています。また、「世の中を見ると、ベビーカーが通れる場所が限られていたり、小さな子ども連れだと電車移動が不便だったりと、改善すべき点が多いことに気付いた。子育てすることで視野が広がった」という意見もありましたね。 

仕事でのメリットは、「仕事を効率化できるようになり、生産性が上がった」「子育てを通して、物ごとを俯瞰的に柔軟に考えられるようになった」「気づく力や考える力がアップした」などが報告されています。そして、家庭・仕事の両方で「周囲に対して感謝する気持ちが生まれた」という声が圧倒的に多く聞かれました。 

子どもや家庭としっかり向き合うことで、新たな価値観が生まれ、それと同時に他者の状況や考え方を理解して受け入れるという人間的な幅も広がる好機になるようです。 

――社外からも大変注目を浴びているのでは? 

 社会の男性育休に関する関心も高まっていることから、江崎グリコの企業姿勢に興味をもっていただくことが増えました。社外のメディアで取り上げていただき、社外からの評価が社員にも届くことで、モチベーションにもつながっています。 

 この制度が始まった当初、営業担当が取引先に育休を取ることを告げると、「男性が育休ですか?」といった反応もあったそうですが、今では「お子さんができたんですね。おめでとうございます!で、いつから育休ですか?」といった風に変わってきているようで、周囲のご理解も進み、会話が弾むことも多いそうですよ。また、近年は学生の方も働き方への関心が高まっているので、採用活動などで育休に関する質問も増えているようです。 

――この制度を踏まえて、今後はどのような展望を考えられているのでしょうか? 

 他企業様や自治体様などから多くのお問い合わせも多く、協業での取り組みなどもご提案するなどして社会貢献の一助になればと思っています。また、「Co育てMonth」以外に、当社では子育てに関わる社員が不妊治療や妊活、育児、子・孫の看護や健診、学校行事へ参加するための有給休暇「Co育て休暇」もあり、両制度とも今は子育てにフィーチャーしています。これらの制度や活動を通じて、仕事の生産性が上がること、一人ひとりのワークとライフのどちらもが充実し、新しいイノベーションが生まれることを期待しています。 

まとめ

1か月のCo育て休暇という他社に先駆けた画期的な社内制度で、世の中に一石を投じた江崎グリコ。柔軟な働き方を積極的に取り入れることで、新たな価値を生み出しています。働きやすい環境は社内の活性化だけでなく、持続的な企業の成長にもつながることを実感させてくれます。