
プロフィール
建築学科を卒業後、福岡のデザインスクールにてグラフィックデザインを学ぶ。その後、美容メーカーにてグラフィックデザイナーに携わり、同社でインテリアデザイナーとして活躍の幅を広げる。2018年にヴィスに入社。現在は、ディレクターとして7名ほどのクリエイティブチームをまとめている。一見、クールに見せているが、ほとばしる熱いパトスや温かい優しさの持ち主で、クライアントやヴィスメンバーからの信頼も厚い。
インタビュー
ものづくりの環境が身近にあった幼少期
―― 牧之瀬さんのデザイナーとしての原点を教えてください。
原点は、子どものころの環境ですかね。祖父が大工で、父が土木建設に携わっていたので、ものづくりをしている人が近くにいて、背中を見て育ってきました。実際に、のこぎりとか木材とかが生活の中にあって、友達とかと一緒に何かつくってよく遊んでいましたね。もちろん、学校の授業は図工が大好きで。そのせいか、大学を決める時には、自然と建築系を選んでいました。
―― 大学では、どのようなことを学ばれていたのですか。
建築学科にいたんですけど、専攻は都市計画でした。都市の機能をどう整えていくかとか、周りの街を踏まえたこの街の役割とか。ロジカルにものごとを考えること、それを形にしていくことが好きだったので、性には合っていました。
大学卒業後は、建築会社に入社したんですが……正直、挫折の連続でした。そんな時にふと思いだしたんです。大学時代、提案書をイラストレーターでデザインするのが好きだったなって。それがきっかけでグラフィックデザインの道を目指すようになって、美容メーカーに入社してグラフィックデザイナーとして働き始めました。

グラフィックデザイナーからインテリアデザイナーへ
―― 美容メーカーでは、どのようなことをされていたんですか。
主に、美容室を開業するお客さま向けに、ロゴとかグラフィックを提案していました。最初の頃は「かわいい」とか「美しい」っていう美容特有のデザインがあまりわからなくて、正直すごく苦労したのを覚えています。ただ、当時は会社の状況などもあって、入ったばかりでもすぐにデザインできるチャンスがありました。数多くのデザインと向き合いながら「ここは違うな」とか「こうしたほうがいいかな」と試行錯誤を繰り返すことができて、長い時間デザインと向き合いながら、トライアンドエラーしていけたので、自分にとってはいい環境だったのかなと思っています。
入社して少し経った頃、上司が辞めてしまって。気づけば自分がチームを取りまとめる立場になっていて、本当に大変でした。予算管理はもちろん、デザイナーとしてのスキルも一気に引き上げなきゃいけない状況で、とにかくがむしゃらにマネジメントとデザイン、両方に向き合っていましたね。
そんな中、会社にはインテリアデザイナーもいて、一緒に働く機会が結構あったんです。関わっていくうちに、学生時代の想いがまた込み上げてきて、自然と空間デザインへの興味が戻ってきてしまって。同社で、インテリアデザイナーに志願して、やらせてもらえることになりました。
インテリアデザイナーといっても、当時はデザインする時間より、現場を駆け回る時間のほうが多かったですね。デザインをしても、正直、ダメ出しばかりでした。
でも、その中で強く感じたのは、空間デザインの“責任”の重さです。美容室って、空間が経営を左右する部分がすごく大きいんです。飲食店と違って、どこもメニューはほとんど同じだから、差別化が難しい。だからこそ、空間が果たす役割が重要になってきます。
当時は、仲間と遅くまで仕事をしていましたね。今だと怒られちゃうような働き方ですが、1日19時間くらい働いていました(笑)。ただ、今振り返ると、その時間が自分の土台をつくってくれたんだと思います。

―― 土台となっていたということですが、そのころから今でも変わらずに大切にしていることはありますか?
その空間を使う、触れる人のためにデザインをするという考え方ですね。そこにいる人たちに、少しでも良い変化を届けられたらいいなって。デザインする上で、美容室のオーナーさんやそこで働く人のことをすごく考えていました。その人たちが、より少しでも良い未来を実現してもらえるように。
この考え方は今でも変わっていなくて。お客さまのことを常に考えて、その本質に沿った提案をするように心がけています。オフィスづくりの中では、いろんな背景があって実現したかったデザインが叶わないこともあります。それが本当にお客さまのためになるのであれば良いのですが、オフィスが完成したその先の未来を考えた際に「これは実現すべきだ」と思うこともある。そういう時は、ちゃんと理由を説明します。プランやパースを描き直すこともあるし、説明資料をつくって伝えることもあります。たとえ遠回りになっても、お客さまと丁寧に話し合いを重ねるようにしています。
お客さまに言われたことをすんなりのむほうが、正直、楽かもしれません。でも、それではダメだと思うんです。お客さまから期待いただき、その想いを背負って仕事をさせてもらっているわけですから、自分がしんどくても、大変でも、ちゃんと向き合わなければいけない。それがたとえ伝えにくいことや、言いにくいこと、実現が困難なことであったとしても、最後の最後までそこに向き合うことが、自分自身の責任だと思っています。
―― インテリアデザイナーの方でグラフィックデザインを経験された方は珍しいと思うのですが、今に活きているなと感じることはありますか?
一番わかりやすいところでいうと、提案ですね。グラフィックって、けっこう抽象的な依頼が多いんです。「温かみがあって、かっこいいロゴにしてほしい」みたいな。だからこそ、お客さまに提案する時には、「なぜこのデザインなのか」をきちんと説明して、納得してもらう必要がありました。その繰り返しの中で、自然とロジカルに説明する力が身についていったんだと思います。
あと、改めて振り返ってみると、デザインのバランスみたいなものを養うことができたのかなって思います。例えばグラフィックでは、フォントの種類や配色、線の細さ、面の薄さ、ボリューム感など、どんな風に視覚的に影響があるのか。それを部分で見るのではなく、全体のバランスを見て考えていきます。そういったデザインの感覚は、グラフィックデザインを経験せず、そのままインテリアデザインをしていたら身に着けるのに苦労したと思います。

―― そこからどのような経緯でヴィスに入社されたのですか?
実は、将来について自問自答していた時期があったんですよね。本当にこのままインテリアデザイナーとして歩んでいってもいいのかなって。当時は、自分たちで見積りをつくって、ペンキを塗って、現場を駆け回って、気力も体力も限界で、正直、別の仕事も考えていたくらいでした。
そんな中、知り合いからエントランスのデザインをお願いされた機会があって。その時に、自分がこれまで積み重ねてきたことが改めて見えてきたんですよね。これまでの努力が見えたような気がして。それがきっかけで、もう一度本気で、インテリアデザイナーとしてやってこうという決心がつきまして、外に目を向け始めました。
ちょうど転職を考えていた時、当時の先輩が「デザインの濃度みたいなものは、その空間にどれだけ滞在するのかに影響される」という話をしてくれたのを思いだして。例えば、バーとかセレクトショップって、非日常的で印象が強くいけど、長く居られる空間じゃないですよね。逆に、滞在時間が長くなればなるほど、心地よさが重要になってくる。住宅のほかにも、オフィスもそのひとつですし、美容室も同じで何時間も、座りっぱなしで過ごすことになるので、その空間が心地よくないと辛いですよね。
そんな共通点を感じたことや、その時のヴィスは一人ひとりが完結したデザイナーを目指すという方針を掲げていたので、ここには挑戦の場があると思い決めました。本気で成長していくなら、トライできる環境が自分には合っているとも思っていたので。
手前味噌ですが、ヴィスに入ったことが自分の転換点でした。やっぱり自分で考えてトライアンドエラーをしていくことが自分には合っていて、ヴィスの環境のおかげでインテリアデザイナーとして成長できたと思っています。
シンプルだからこそ、細部のこだわりが効いてくる
―― 「iF DESIGN AWARD 2025」を受賞した、株式会社ミルボン「イノベーションセンター」についてお話をお聞きしていけたらと思います。今回は、どういう経緯でお話をいただいたのでしょうか。また、プロジェクトの背景についても教えてください。
以前、ミルボンさんの中央研究所を設計させていただいた経緯があり、そのつながりから今回のお話をいただきました。
ミルボンさんは、中期事業構想の中で「ビューティプラットフォーム構想」を掲げていて、これまでの髪の領域だけでなく、スキンケアやビューティヘルスケアといった新しい分野へと事業を広げています。そうした新しい挑戦にともなって、他分野からの知見を取り入れ、ほかの独自性をもった企業との協業を進めるための研究拠点をつくることが今回のプロジェクトの背景にありました。

―― 今回のオフィスコンセプトである『HUMAN PORT LAB』は、どのように生まれていったのでしょうか?
ミルボンさんは、美容業界の中でも特に「髪」の分野で確かな実績と権威をもっていますが、今回のプロジェクトは「髪」から一歩踏みだして、「人」にまつわる先端的な研究を進めていくための研究拠点を設計するというものでした。
また、羽田イノベーションシティという立地も非常に特徴的で、世界とつながりながら最先端の研究が行われ、研究者などのさまざまな人々が集まる場所です。そのため、外部へ向けた情報発信やブランドイメージの発信と同時に、外部から新たな情報や価値を取り込んでいくことも重要なポイントとなっていました。
これらを踏まえ、大切なポイントを整理して、「研究所(=LAB)というイメージ」「美容関連であること」「そして今までにない新しい研究施設であること」この3つの要素が、訪れる人にしっかり伝わることが重要だと考えました。その後、羽田空港に隣接するという立地の特性と、「人」の研究というテーマを組み合わせながら、今回のコンセプトを考えていきました。

―― コンセプトを立てた上で、どのようにデザインを進めていきましたか?
研究施設って、どこか閉ざされたイメージがありますよね。でも今回は、外とつながっていくことがすごく重要だったので、あえて外からのエネルギーを取り入れるような“開かれた”空間を意識しました。
研究施設を手掛けることが初めてでしたし、今までにない“開かれた”研究施設、そして働きやすさも考えた上で設計していくというのは、わたしにとっても挑戦でした。ただ、ここの場所が未来の研究を担う拠点であり、ミルボンさんにとっても挑戦の場だと思うと、自然と熱い気持ちが湧いてきました。
実際に“開かれた”空間を実現するために、多くのガラスを使っています。例えば、共用廊下と内部を仕切る壁をガラスにすることで、ミルボンさんの様子が外から見えるようにしました。
共用廊下のすぐ前には、開放感あふれるベースワークエリアを配置しています。このエリアはほかの場所よりも床を一段下げていて、結果、高低差が生まれ、空間全体が見渡しやすくなり、より一層“開かれた”雰囲気を演出しています。しかも、そこで働く人は共用廊下を通る人と目線が合わないので、集中して仕事に取り組めるようになっているんです。
“開かれた”空間で外とのつながりをつくる中で、ミルボンさんをどう見せるかは何度も試行錯誤しました。研究施設とはいえ、美容の会社ということで、冷たく無機質な感じではなく、温かみや居心地の良さを感じられる空間にしたかったので、一部中央の天井では、あえてラウンドさせたつり上げ天井を採用し、間接照明を入れ、無機質な空間になりすぎないことを意識しました。また、美容の研究を行っている会社であることを外へ発信していくため、大型モニターを共用廊下に向けて配置。他にも、実際に使用できるカット・シャンプー台も設置しているので、新商品発表会やセミナーをここで行うことも可能です。加えて、ガラスレンガを使った商品ディスプレイを共用廊下から見える位置に配置しているので、通り過ぎるたびに、ミルボンさんを印象付けられるようにしています。


―― 研究施設でありながら、ミルボンさんらしさを考慮するというのはとても大変だったと思うのですが、今回のデザインの中でのこだわりを教えてください。
温かみや居心地の良さを感じさせながらも、全体的に透明性や先進性を伝える空間にしたかったので、シンプルで引き算された空間を設計しています。ただ、何もしないと無機質になってしまい物足りない。一方で、華美になりすぎるのもそぐわない。そんな中で、おさまりなどの細かい部分をこだわることで、引き算されていながらも表情のあるような空間に仕上げています。
例えば、天井にはスリットを設けて、そこにダウンライトを入れるような照明計画をしているのですが、天井面の情報量を減らすことで、洗練された先進的な印象が生まれるよう意識しました。
一方で、ワークラウンジの腰壁の部分は左官で仕上げ、冷たくなりすぎず温かみのある表情を大切にしながら、床から少し浮かせ目地を入れ、ラインを強調することで、メリハリを生んでいます。ラボラトリーエリアの腰壁のステンレスも、目地を入れてバランスを取りながら、冷たくなりすぎないことを意識しました。
ちなみに、ラウンジのセンターテーブルの脚には、木のテクスチャーを使っていますが、黒塗装の天板に脚も黒で統一するのではなくあえてそうすることで、温度感を少し和らげています。
こうした一つひとつのバランス調整が、この空間ならではの空気感をつくりだしていると思います。




―― 今回のミルボンさんもそうですが、牧之瀬さんの設計には「LESS IS MORE.」を感じます。設計していく上で大切にしていることや、影響を受けている方などいらっしゃいますか?
机上の空論ではなく、仲間と一緒に現場で何度も確かめていくことを大切にしています。「ここの太さや厚みは適切か」など、そういった一つひとつを1:1のスケールで丁寧に確認しながら、バランスをつくりだしています。実際に現場で見ることで感覚が鍛えられ、その積み重ねが経験値になっていますね。
影響を受けているというか尊敬するデザイナーは安藤忠雄さんですね。デザイナーとして成長していくにつれて、そのすごさに心を打たれるようになりました。学生の頃にはわからなかった部分が、経験を重ねていくうちに見えてきて。
勝手な解釈かもしれませんが、自然の中の建築に対するアプローチ。調和を考える際に、一般的にはガラスを使ったり、高さを抑えたりして建築を自然に溶け込ませていきますが、安藤さんの建築は違います。
自然と溶け合うのではなく、建築は建築としてしっかり主張している。それでも違和感がなく、むしろその建築越しに自然を見ると、より自然を強く感じられるんです。建築は建築として、自然は自然として、お互いの存在を尊重し合いながら、それぞれの個性を活かして互いを高め合っている。そういうデザイナーとしての姿勢にも影響を受けていますね。
―― 最後に、いろいろと紆余曲折を経て、今回のiF受賞はとても感慨深いものだったのかなと思うのですが、率直な感想をお聞かせください。
率直にうれしい気持ちでした。自分の仕事、デザインが少しだけ認めてもらえたような、そんな感覚です。これまで順風満帆ではありませんでしたが、今振り返ると遠回りしたことが自分にとっては良かったのかなとも思っています。今後も、しっかり、真摯に向き合っていきたいです。自分しかできない、ここでしかできない、どんな仕事にも一つひとつ向き合って、少しだけ関わる人の未来を後押しできるように努力していきたいですね。

【まとめ】
世界三大デザイン賞を受賞したのにも関わらず、終始控えめだった牧之瀬さん。あくまでもお客様のためを想う姿勢が印象的でした。これまでの道のりは、決して順風満帆ではなかったそうです。ただ、その遠回りは、今の牧之瀬さんをかたちづくるのに必要な道のりだったのではないかと感じずにはいられませんでした。
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