目次
上場(IPO)の準備が本格化すると、社員数の増加や組織体制の変化に、これまでのオフィスが追いつかなくなる場面が増えてきます。スタートアップやベンチャーとして成長してきた企業ほど、働く環境の整備が後回しになりがちで、上場準備の段階に入って課題が一気に表面化することも少なくありません。
一方で、IPOという節目は、内部統制の仕組みづくりや採用力の強化、投資家へ向けた企業ブランディングといった観点から、オフィスデザインを戦略的に見直す絶好の機会でもあります。働く環境を整えることは、単なるコストではなく、上場後の成長を支える投資だと捉える企業が増えてきました。
本記事では、上場を見据えた企業が押さえておきたいオフィスづくりの考え方を、上場準備の段階別に整理しながらご紹介します。あわせて、実際の事例や進め方の流れもお伝えしますので、自社の働く環境を見直すヒントとしてお役立てください。
この記事のまとめ
結論
IPOを見据えたオフィスデザインとは、内部統制・採用・ブランディングという経営課題を空間から支える取り組みです。上場準備の段階ごとに優先順位を定めて整えることが、上場後の成長を支える投資になります。
3つの要点
- 段階別に最適化
直前々期〜直前期は内部統制、申請期前後は組織拡大とブランディングの両立、上場後は組織文化を支える運用が鍵になります。 - 設計の4視点
情報セキュリティに配慮したレイアウト、急拡大に対応する拡張性(フリーアドレス・ABW)、世界観を伝えるブランディングとIR、採用力とエンゲージメント。 - 進め方は3ステップ
現状と将来像の整理 → 優先順位の決定 → 専門家と空間・運用・コストを一体で設計。
この記事で解決できる悩み
- 急成長で手狭・分散したオフィスの整え方、上場審査に向けて優先すべき点、投資家や採用候補者に伝わる働く環境のつくり方が分かります。
1. IPOを見据えたオフィスデザインが注目される理由
IPOを見据える企業のあいだで、オフィスデザインへの関心が高まっています。なぜ上場という局面で働く環境が重視されるのでしょうか。ここではまず、その背景にある三つの理由を整理しながら、オフィスが経営に果たす役割について考えていきます。
1.1. 上場準備は組織と働く環境を見直す節目になる
上場準備の過程では、これまで個別に運用してきた社内ルールや組織体制を、客観的な基準に沿って見直していく必要があります。会計や労務、情報管理などの仕組みを整えるなかで、働く環境そのものも点検の対象になります。たとえば、機密情報を扱うエリアの区分があいまいだったり、会議の記録が残しにくいレイアウトだったりすると、内部統制の観点から改善を求められることもあります。こうした見直しは負担に感じられるかもしれませんが、裏を返せば、オフィスを経営の基盤として再設計できる好機でもあります。上場準備は、働く環境を一段引き上げる節目として捉えることができるのです。
1.2. 急成長する組織にオフィスが追いつかなくなる
スタートアップやベンチャーとして急成長を遂げる企業では、採用の加速によって社員数が短期間で何倍にもなることが珍しくありません。創業期に契約した手狭なオフィスのままでは席が足りなくなり、増床や移転を迫られる場面が増えていきます。事業の拡大に空間が追いつかず、部門が複数の拠点に分散してしまうと、コミュニケーションの停滞や生産性の低下を招きかねません。成長スピードの速い企業ほど、将来の組織規模を見越した柔軟なオフィス設計が欠かせないといえるでしょう。なお、成長段階にあるベンチャー企業ならではのオフィスづくりの工夫については、こちらの記事でも具体的に掘り下げています。
1.3. 投資家や採用候補者など「外部からの視線」が増える
上場すると、これまで以上に多くの人がその企業へ目を向けるようになります。投資家や株主はもちろん、取引先や採用候補者、メディアといった外部の関係者が、企業の姿勢や将来性を見定めようとします。とりわけ東証グロース市場をはじめとする新興市場へ上場する成長企業や、メガベンチャー、ユニコーンと呼ばれる企業に対しては、世間からの注目度も高まります。そうしたなかで、オフィスは企業の価値観や文化を可視化する場として機能します。来訪した投資家がエントランスで受ける印象や、採用候補者が見学時に感じる働きやすさは、企業への信頼や期待に少なからず影響します。IRや採用の観点からも、オフィスデザインが担う役割は年々大きくなっているのです。

2. 上場準備の段階別に見るオフィス戦略
上場準備は一般に、直前々期、直前期、申請期といった段階を経て進みます。それぞれの局面で組織が抱える課題は変化し、オフィスに求められる役割も移り変わっていきます。ここでは、上場準備のフェーズごとに意識したいオフィス戦略を順番に見ていきましょう。
2.1. 直前々期〜直前期:内部統制とガバナンスを支える環境
上場の二期前にあたる直前々期から直前期にかけては、内部統制やコーポレートガバナンスの構築が本格化する時期です。監査法人によるチェックや社内規程の整備が進むなかで、オフィスにも一定の配慮が求められるようになります。たとえば、個人情報や財務情報といった機密性の高い書類を適切に保管できる場所を確保したり、執務エリアと来客エリアを明確に分けて関係者以外が立ち入れないようにしたりといった工夫が挙げられます。入退室の管理やアクセス権限の設定も、情報セキュリティを支える大切な要素です。この段階では華やかさよりも、統制が効き、誰が見ても説明できる秩序ある空間づくりを優先すると、その後の審査もスムーズに進みやすくなります。
2.2. 申請期前後:組織拡大とブランディングを両立する移転
上場を申請する申請期の前後は、事業と組織がさらに拡大し、オフィスの増床や移転を検討する企業が増える時期です。この局面では、急増する社員を収容する機能性と、企業の世界観を伝えるブランディングの両立が求められます。来訪する投資家やメディア、採用候補者を意識して、エントランスや会議室に企業らしさを表現する事例も多く見られます。一方で、上場企業には支出への説明責任が伴うため、デザイン性だけでなく、投資の目的や効果を明確に整理しておくことも欠かせません。働く環境への投資が、採用力の向上や生産性の改善にどうつながるのかを言語化できると、社内外への納得感が高まります。
2.3. 上場後:継続的な成長と組織文化を支える運用
上場はゴールではなく、継続的な成長に向けたスタート地点でもあります。上場後は社会的な責任が一段と高まり、株主や社会からの期待に応えながら事業を伸ばしていくことが求められます。組織が大きくなるほど、創業期に育まれた文化や一体感は薄れやすくなるため、オフィスを通じて価値観を共有し続ける工夫が重要になります。フリーアドレスやABWといった柔軟な働き方を取り入れている場合は、運用状況を定期的に振り返り、実態に合わせて調整していくことも欠かせません。オフィスを一度つくって終わりにするのではなく、組織の成長に合わせて育てていく視点を持つことが、上場後の企業価値を支えていきます。
以下に、ここまで見てきた各段階の課題と取り組みを一覧で整理します。
| 段階 | 主な課題 | オフィスで取り組むこと | 期待できる効果 |
|---|---|---|---|
| 直前々期〜直前期 | 内部統制・情報管理の強化 | 機密エリアのゾーニング、入退室・アクセス管理、書類保管の整備 | 審査対応の円滑化、情報漏えいリスクの低減 |
| 申請期前後 | 組織拡大とブランディングの両立 | 増床・移転、エントランスや会議室での企業表現、採用・IRを意識した設計 | 採用力・企業イメージの向上、投資効果の明確化 |
| 上場後 | 成長の持続と組織文化の維持 | 柔軟な働き方の運用見直し、価値観を共有する空間づくり | エンゲージメント維持、継続的な企業価値の向上 |
3. IPOを見据えたオフィスデザインで押さえたいポイント
ここからは、IPOを見据えたオフィスをつくるうえで、具体的に押さえておきたいポイントを四つの観点から見ていきます。内部統制、拡張性、ブランディング、採用という切り口は、いずれも上場準備期から上場後までを通じて大切になるテーマです。自社の状況に照らしながら読み進めてみてください。
3.1. 内部統制・情報セキュリティに配慮したレイアウト
上場企業に求められる内部統制を支えるうえで、情報を守るレイアウトは欠かせません。来客が立ち入れるエリアと、社員だけが使う執務エリアを区分し、機密情報を扱う部署はセキュリティ区画として独立させると安心です。サーバーや重要書類を保管するスペースには施錠やアクセス制限を設け、誰がいつ入室したかを把握できる仕組みを整えておきましょう。近年はオンライン会議が増えたことで、画面や音声から情報が漏れないよう、防音性の高い個室ブースを設ける企業も増えています。利便性とセキュリティは相反しがちですが、動線を工夫することで、働きやすさを損なわずに統制の効いた空間を実現できます。
3.2. 急拡大に対応できる柔軟性と拡張性
成長企業のオフィスでは、将来の増員を見越した柔軟性と拡張性が重要になります。固定席を前提にすると、社員が増えるたびにレイアウト変更が必要になり、そのつど時間とコストがかかってしまいます。そこで、座席を固定しないフリーアドレスや、業務内容に応じて働く場所を選ぶABW(Activity Based Working)を取り入れると、人数の変動に柔軟に対応しやすくなります。可動式の家具やパーテーションを活用すれば、組織変更に合わせてレイアウトを素早く組み替えることも可能です。今後の成長を見据えて、あらかじめ拡張の余地を残した設計にしておくと、移転を繰り返す負担を抑えられます。フリーアドレスやABWの基本的な考え方とメリットについては、以下の記事でも詳しくご紹介しています。
参考記事:フリーアドレスとは?メリット・デメリットと導入のポイント

3.3. 企業の世界観を伝えるブランディングとIR
上場を機に注目度が高まる企業ほど、オフィスを通じて自社の世界観を発信する意義は大きくなります。エントランスや会議室にコンセプトやコーポレートカラーを反映させ、企業らしさを空間で表現することで、来訪した投資家や取引先に強い印象を残せます。東証グロース市場に上場する成長企業や、メガベンチャー、ユニコーンと呼ばれる企業のなかには、オフィスそのものを企業ブランディングの象徴として位置づける例も少なくありません。こうした空間づくりは、IRの場面で自社の魅力を伝える材料にもなり、ひいては企業価値の向上にもつながります。ブランディングの考え方や具体的な進め方については、以下の記事もあわせてご覧ください。
参考記事:企業ブランディングで成長性を高める方法

3.4. 採用力とエンゲージメントを高める環境
上場準備期は採用を加速させる時期でもあり、オフィスは人材を惹きつける大切な要素になります。働きやすさや社員同士の交流が感じられる空間は、面接や見学に訪れた候補者へ好印象を与え、入社の決め手になることもあります。カフェスペースやリフレッシュエリアなど、社員が自然と集まれる場所を設けると、部門を越えたコミュニケーションが生まれ、エンゲージメントの向上も期待できます。働く環境への投資は、採用活動だけでなく、既存社員の定着にもつながる取り組みだといえるでしょう。オフィス移転と採用の関係や、採用ブランディングの具体的な成功事例については、以下の記事で詳しく取り上げていますので、あわせて参考にしてみてください。
参考記事:オフィス移転は採用力の強化につながるのか
参考記事:採用ブランディングの成功事例7選

4. IPO準備期のオフィスづくりを進める流れ
押さえておきたいポイントが見えてきたら、次は実際にオフィスづくりを進める流れを確認しましょう。IPO準備は通常業務と並行して進むため、限られた時間のなかで効率よく検討を重ねることが大切です。ここでは、進め方を三つのステップに分けてご紹介します。
4.1. 現状の働き方と上場後の組織像を整理する
最初のステップは、現在の働き方と、上場後に目指す組織の姿を整理することです。今のオフィスでどのような課題が生じているのか、社員数は今後どのくらい増える見込みなのかを把握することで、必要な広さや機能が見えてきます。感覚だけで判断するのではなく、座席の稼働状況やコミュニケーションの実態をデータで可視化すると、説得力のある計画を立てやすくなります。上場後の組織規模や事業展開を見据えて、数年先まで見通した条件を整理しておくことが、後戻りのない設計につながります。働く環境を数値で捉える取り組みについては、以下の事例も参考になります。
参考記事:オフィス環境をデータで可視化した活用事例
4.2. 内部統制・採用・ブランディングの優先順位を決める
次のステップは、取り組むテーマに優先順位をつけることです。内部統制への配慮、採用力の強化、ブランディングの発信など、オフィスに求められる役割は多岐にわたりますが、限られた予算とスペースのなかで、すべてを同時に最大化するのは難しいものです。自社が今どの段階にいて、何を最も重視すべきなのかを見極め、経営層と認識をそろえておくことが欠かせません。たとえば、審査を控えた時期であれば内部統制を優先し、採用を一気に拡大したい局面ならブランディングや働きやすさに重点を置くなど、状況に応じた判断が求められます。優先順位が明確になれば、投資の根拠も社内外へ説明しやすくなります。
4.3. 専門家と連携して空間・運用・コストを一体で設計する
最後のステップは、専門家と連携しながら、空間・運用・コストを一体で設計することです。上場準備で多忙ななか、オフィスづくりを社内のリソースだけで進めるのは負担が大きく、検討の抜け漏れも起こりがちです。設計やレイアウトに加えて、移転後の運用ルールや概算費用まで含めて相談できるパートナーがいると、計画が現実的なものになりやすくなります。とくに上場を見据える企業では、投資の妥当性を社内外へ説明する場面も多いため、費用と効果を整理しながら進めることが大切です。専門家へ相談するメリットや依頼先の選び方については、以下の記事が参考になります。
参考記事:オフィス移転コンサルティングの依頼メリットと選び方
5. IPO・成長企業のオフィスデザイン事例
ここまでお伝えしてきた考え方は、実際のオフィスづくりにどう活かされているのでしょうか。ここでは、私たちヴィスが手がけた成長企業やテック企業のオフィスデザイン事例をご紹介します。上場やその先の成長を見据えた、各社らしい働く環境づくりのヒントとしてご覧ください。
株式会社LegalOn Technologies

AIと法務の知見を組み合わせたソフトウェアを提供し、急成長を続けるリーガルテック企業の事例です。事業拡大と社員数の増加に伴うフロアの拡張に加え、別拠点に分かれていた開発部門を本社へ集約し、部門を越えた交流からイノベーションを生み出すことを目指しました。社員への投資を第一に考えて通勤しやすい立地を選定し、誰もが気軽に集まれるコミュニケーションスペースを広く設けています。約1,640坪の空間で、ハイブリッドワークにも対応した柔軟な働き方を実現した事例です。
事例の詳細はこちら:株式会社LegalOn Technologies
株式会社Luup

電動マイクロモビリティのシェアサービスを展開し、急成長を遂げているスタートアップの事例です。事業の拡大という新たな一歩を支える場として、東京都内に約197坪の開放的なオフィスを構えました。成長スピードの速い組織だからこそ、社員同士が自然につながり、勢いを保ちながら働ける環境づくりが意識された事例といえます。
事例の詳細はこちら:株式会社Luup
株式会社令和トラベル

旅行のワクワクを体現した、空港ラウンジのようなワークプレイスの事例です。次世代の旅行体験を目指して成長を続けるスタートアップが、事業の世界観をそのまま空間に映し出しました。約315坪のオフィスには、訪れた人が思わず心を躍らせるような演出が随所に施され、企業のブランドと働く環境を一体でつくり上げた好例となっています。
事例の詳細はこちら:株式会社令和トラベル
リンカーズ株式会社

人と人との自然な出会いが生まれることをコンセプトにした、開放的なオフィスの事例です。成長を続ける企業が、社内外のつながりを育む場として約276坪の空間を設計しました。偶発的なコミュニケーションが生まれやすいレイアウトは、新たな発想や協業のきっかけを後押しします。組織の拡大期に、人の交わりを大切にした働く環境を整えた事例です。
事例の詳細はこちら:リンカーズ株式会社
株式会社Cellest

ライブコマースに特化した、ブランド力と事業拡大を支えるオフィスの事例です。動画配信を軸に成長する企業が、約232坪の空間に事業の特性を反映したワークプレイスを実現しました。ブランドイメージを高めるデザインと、事業拡大を後押しする機能性を両立させた点が特徴です。成長市場で挑戦を続ける企業ならではの工夫が詰まった事例といえます。
事例の詳細はこちら:株式会社Cellest
株式会社サクヤ
「挑戦と成長の層を積み重ねる」をコンセプトに掲げたオフィスの事例です。成長の歩みを空間で表現し、社員が前向きに挑戦し続けられる環境づくりを目指しました。約180坪のオフィスには、企業のこれまでの歩みと、これからの成長への意志が込められています。事業の発展とともに働く環境も育てていこうとする姿勢が感じられる事例です。
事例の詳細はこちら:株式会社サクヤ
センス・トラスト株式会社

「日本を代表する会社にする」という強い志を掲げる、不動産事業を展開する企業の事例です。関西の一等地グラングリーン大阪にオフィスを構え、企業ブランディングの強化と優秀な人材の確保を見据えた空間づくりに取り組みました。『Feel The Sense』をコンセプトに、来訪者を迎えるロビーから執務空間まで、企業らしさと感性を刺激する仕掛けを随所に取り入れています。成長への意志をオフィスで体現した事例です。
事例の詳細はこちら:センス・トラスト株式会社
まとめ
IPOを見据えたオフィスデザインは、単に見栄えを整えることではなく、内部統制や採用、ブランディングといった経営の土台を空間から支える取り組みです。上場準備は直前々期から上場後へと段階的に進み、それぞれの局面でオフィスに求められる役割も変化していきます。直前々期から直前期にかけては情報を守る統制の効いた環境を、申請期前後には組織の拡大とブランディングを両立する空間を、そして上場後には成長と組織文化を支える運用を意識することが大切です。内部統制への配慮、急拡大に応える拡張性、世界観を伝えるブランディング、採用力を高める環境という四つのポイントを押さえながら、自社の段階に合わせて優先順位を定めていきましょう。働く環境への投資は、上場後の成長を支える確かな力になります。まずは現状の働き方を見つめ直すことから、はじめてみてはいかがでしょうか。
株式会社ヴィスは、『はたらく人々を幸せに。』というパーパスのもと、働く場を設計する「ワークプレイスデザイン」と、そこで生まれる体験を設計する「エクスペリエンスデザイン」という二つのアプローチを通して『ワークデザイン』を実現し、人と組織のエンゲージメントを高めながら、企業価値の持続的な向上に貢献します。
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